白いモビルスーツ
バスルームの窓とブラインドの間を飛び交う蜂を見かけるようになったのは少し暑くなり始めたころだった
最初は一匹迷い込んだだけだと思っていたがそうではなかった
捕まえても、捕まえても新たな蜂がどこからともなく現れる
すぐ近くに巣ができた事は明らかだった
外に出て二階のバスルームを見上げると、そのすぐ上の屋根の隙間に蜂がせわしく出たり入ったりしているのが見える
巣は屋根の中だ
見上げながらつぶやくボクは酒蔵の杉玉のような巣が屋根裏にあるのかと勝手に想像して戦慄を覚えた
心休まらない家族にせかされアパートのメンテナンスに電話をかけ対処を依頼した
白い防護服に身を包んだ男が現れたのはその二日後だった
そのプロフェッショナルな出で立ちに思わず期待が高まった
「いつもバスルームに現れる」そう説明して二階へ案内した
見た目三十前半、ガンダムの主人公というよりはガンタンクの操縦者といったメタボなその男が階段を上るだけで息を切らしていたのが少し気になったが
バスルームの窓からしばらく上を見上げた後に男はこちらを向き「オーケー」とだけ言った
何がオーケーなのかは分からなかったが、自信がありそうな事だけは伝わってきた
「ここからはプロの仕事だ、素人はお引き取り願いましょうか」防護服のフィルター越しに見えるメガネが光りまるでそう言っているかのようだった
蜂の巣駆除はチームで何か器具を使って行われるのをテレビで見たことがある
防護服以外は手ぶらで、しかも一人でやって来た男が一体どうやって蜂の群れと対峙するのかに関心があったが、無防備な自分が大量の蜂に襲われる恐怖を想像して静かにバスルームのドアを閉めた
5分もせず男が仕事を終えて出てきた
「早っ!」
思わずそう言ってしまったボクに
「処置をしておいたのでもしまた蜂が現れる時は連絡をくれ」
そう言って男は去って行った
蜂は翌日からも引っ切り無しに現れた
以来連絡して二度ほどその男がやって来たが
「巣自体を取り除かないとダメでないのか」と問うと早口で何か説明され、いまいち言っている事が分からなかったものの、男にはそれができない事だけは理解ができた
二度とも何か謎の処置を施していったが、その後も蜂の勢いは全く変わらなかった
見かけ倒しもあそこまでいけば称賛に値するが、その防護服の男が我が家に呼ばれる事は二度とないだろう。でも、もしまた会う機会があれば見事中の人を守るという任務を果たしたその防護服を、大人用二着、子供用一着、どこかで手に入れられないか尋ねてみたいと思う
それが手に入れば我が家に再び平安が訪れるであろう
その平穏と引き換えに近隣に多少のザワツキが起こるかもしれないが
全身白の防護服で団欒する家族の姿を人は涙なくしては直視できないに違いない
でも考えてみれば用を足す時にバスルームで脱がなければならないだろうから結局意味がない事に気づいたのでやめる事にする